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ナニカを見失った時


※こちらの記事は、自身のアメーバブログからの転載(改修)です。

R.E.MのLosing My ReligionのPVは

悩みに落ち込んだり、ナニカを見失っている方の

心理状態をすごくよく表現しているな~と

改めて感心しながら、見ています🍵

好きな曲なので、よくカラオケで歌うんだけど

綺麗なPVも日本語訳もないカラオケだと

「なにこの暗い曲?もっとノリがいいのを…」

みたいになるんですよね~(笑)

実は、マライア・キャリーさんの大ヒット曲

「Emotion」と同じ年に出ていて

R.E.Mが大賞とったんですけど…。

こういうの知らないと、ただの「なんか暗い歌」なんですねw

数の暴力ってのは、カラオケの個室にまで

入り込んでくるもののようです(笑)

それは悩みや考え事なども、同じな気がします。

流行の大合唱による、根拠のない錯覚とか

世間知らずな自分が産みだす、単純な幻想とか

退屈が紡ぎ出す、薄暗い感覚とか。

そういう、うっすらとした影みたいなものに

囚われてしまった心というものを

助けてあげるには、どーしたらいーかなー?

まずは影の中に、通りすがりのようなスタンスで

すーっと溶け込んでいき

突き抜けた理屈や、奇妙な理屈を「ひとまずの灯」として

ゆっくり薪をくべていけばいいんじゃないかな~と。

急がば廻れ、が最短コースだと思います。

そもそも、まっすぐに進めないからあがいてるんだし。

できることなら誰だって、最初からそうしてるはず。

暗闇で通せんぼしてるんだ、ナニカが。

牛若丸と五条橋の弁慶も、宵闇のうちで会いました。

悩みやおかしな憧れのために

千本刀に執着する弁慶を

ヒラっとかわしたり、笛でこづいたり、からかったり(笑)

そうやって斬り結んでいくうちに

いつしか呼吸が重なって、剣舞のように…

それに気が付いたら笑顔への着地成功ですね~

暗い部分とか見たくないモノを自分と切り離して

「外側から」どうにか「倒そうと」しやすいんですけど

そうじゃないんですよね~

敵じゃなくて仲間をスカウトしにいく感じ。

だって、弁慶もまた自分の一面なんだから。

こりゃどーも戦力外だなーって思ったら

お餅にはさんで食べたり

成仏させるしかないんですけど。それもまた解決。

易経で言うと、「天地否」をまずまずの「天地泰」にもっていく。

完璧を目指さないのがコツです。キリがなくなるから(笑)

それもまた堕落の一つのカタチですし。

悩みをハエのように潰そうとすればするほど

悩みもまた、同じ強さで「私」を潰しにかかるものです。

この軋轢が新たな悩みや錯覚を生み出すので

戦えば戦うほど、ネズミ算式に…💦

このへんは虚空座の記事(トランスサタニアンのカテ)でも

ご一読くださるとわかりやすいかも知れません。

R.E.Mの動画でもいいですが。

そういう失敗はだいたい、西洋的な価値観が原因かと。

光と闇の対立軸みたいな考え方っていうか。

人間まみれの世界観というか。

それはエベレスト周辺の「マニ石」などに見る

東洋的な価値観とはかけ離れています。

もっとはっきり言うと、西洋的な判断基準は

日本人にはあいません(笑)

西洋では、部屋の中や町の人々を基準にして

脳内の光景を描いているけれど

東洋では、カラス天狗や龍などが

百鬼夜行のごとく綴る光景を描くんだから

ヒューマン映画と神獣絵巻くらい違うんですよね~。

西洋的な目線は、対人関係の部分をよく揉んであるので

人に対する優しさや自立、自尊の精神に優れています。

でも、自分らしさや人間関係の悩み、嵐、災害などには弱い。

一神教は基本的に神様まかせだから、悩みに弱いの。

悩んだときは、純和風でいくべきと思います🍵

R.E.Mじゃなくて「Okami OST - Ushiwaka's Dance」のノリ。

レッツ ロック ベイビィ(笑) ←ウシワカの名台詞

北海道の大災害の中で行われた

「天狗の火渡り」も、人の心を綺麗に洗ってくれました。

やってらんない時は、はじけたらいいと思うよ。

どうせなら、華麗に、神妙に、荘厳に。

嵐や火の上にいて、なお踊り笑うものを

天狗というのかもしれませんね~

ハレの日は朱雀のように飛翔し

アレな日は龍のようにズドーンし

嵐の中をカラス天狗のようにかけぬける。

…そういう「人???」に私はなりたい。

日本の心は、ゲゲゲの宮沢賢治(笑)

雪にしなる竹林に、むしろ思いっきり乗ってバイーン!と(笑)

私も行き詰っていた頃、妙な勢いで趣味が増えましたw

今となっては良かったし、当時にしても

けっこう有意義だったと思います。

生きるのがうまい人はこうですよね、実際。

特に嵐の時のカラス天狗が強い。

アクロバットして、軽やかに笑いながら

嵐の道をヒョイヒョイ走って行く(ように見える)。

日常的なことでのたうちまわるのは

強い弱いではなく、もともと単純な「人間カード」しか

手元にないってことなんだろうと思います。

経験が足りないとか、イメージ貧困とか。

些細なことまでいちいち真剣にとっくみあってたら

自他ともに疲れるし、人生がいくらあっても足りないし

こじれてるものを一時棚上げしてみてもいいし。

焦って不必要なハルマゲドンを起こすよりも

牛若丸みたいに八艘飛び(はっそうとび)してみると

闇夜ばかりをうろつく弁慶が

刀より美しく煌めくものを見つけるかも知れません🍵

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